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生物学者からみた日本人の生きづらさの正体

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日本では生きづらさを感じる人が増えていると言われています。その原因について、社会学や経済学の視点からすでに多くの検討が行われています。

一方で、社会や経済を駆動しているのは人(ホモサピエンス)という生物種のひとつにすぎません。

本稿では、生物学者が生物学的な視点から日本人の生きづらさについて考察します。とくに日本人は不安遺伝子の保有者が世界でも群を抜いて多いことから、その意味について解説し、解決策について言及します。

※この記事は、寄稿記事です。

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日本人の生きづらさは本当か?

日本を含めた7カ国の満13~29歳の若者を対象に、自分や家族、社会に対してどのような思いを抱いているのかについて、内閣府が調査した結果が以下の図1から図3です。*1

さまざまな項目が調査されていますが、1週間に「ゆううつ」だと感じたことがある人の割合は8割近くに及んでいます。これは調査国の7カ国中で最も高い割合です。特に欧米諸国が4割程度であることと比較すると、その2倍程度の多くの若者が「ゆううつ」と感じていることがわかります。

職場の満足度も諸外国のなかで最低です。対象となる日本人のなかで職場に満足している人の割合は半数を下回っていますが、欧米諸国はいずれも7割程度となっています。

さらに将来に「希望がある」と回答した日本人は6割程度であり、こちらも9割近い人が「希望がある」と回答した欧米諸国よりも2割低い結果となりました。

このような調査結果を踏まえると、日本の将来を担う多くの若者が、「ゆううつ」と感じている割合が高いこと、職場に満足しておらず、将来への希望がもちづらいことがわかります。

上記の内閣府の若者への調査以外にも、たとえば「幸福度」について国連が実施した調査において日本は先進7カ国の中で最下位となっています。*2

幸福度については、GDPとの相関をもとに経済的な議論されますが、国連の幸福度の算出方法を詳しく見てみると、算出パラメーターにあらかじめGDPが含まれており、GDPと幸福度に相関があることは当然のことです。

また日本のGDPは世界3位ですから、GDPが日本より低くても幸福度が高い国が大半です。経済的な理由が幸福度に影響することは明らかですが、それを主要な原因と結論づけるには無理があります。したがって経済的な理由以外にも、日本人が生きづらさを感じる原因があると考えたほうが自然でしょう。

複雑な社会を構成し経済活動を行う人間は元来、生物の種のひとつでしかなく、そもそも私たちは社会や自然の様々な事象を、便宜的にそれぞれの学問分野から考察しているに過ぎません。

ここからは生物学的な視点から日本人の生きづらさについて考察します。

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不安遺伝子からみる日本人

生物学的にみた日本人の特徴のひとつに、不安遺伝子を保持する割合が多いことが挙げられます。

不安遺伝子は、不安の感じやすさを決める遺伝子です。人は不安遺伝子の多い「S型」と少ない「L型」の組み合わせで、SS型、SL型、LL型の3種に分類できます。*3

5S型の不安遺伝子を持つSS型とSL型の人の割合を表しています。S型の不安遺伝子を持つ人の割合は、人種により大きく異なり、アジア人>アメリカ人>アフリカ人の順で多く、日本人の8割が不安遺伝子を保有するのに対して、アフリカ人は3割しか不安遺伝子を保有しません。多民族国家であるアメリカはその中間の5割です。

S型保有者のなかでも日本人は最も不安を感じやすいSS型が64%もおり、この割合はアフリカ系アメリカ人の9%と比べると7倍です。*4

なぜ不安遺伝子の保有率が高いのか?

日本人に不安遺伝子の保有者が圧倒的に多い要因には諸説ありますが、有力な説として日本の災害の多さが挙げられます。

ダーウィンの進化論で知られるように、生物は環境適応に基づく自然淘汰により進化するため、強いものや頭が良いものではなく、環境に適応できたものが生き残ります。*5

日本は昔から自然災害の多い国でした。地震や津波、台風などは頻繁に発生しますし、火山活動も活発です。近年の温暖化で竜巻や豪雨も増えています。

災害リスクに関する研究では、複合災害リスクはフィリピンと僅差で2位、単一災害のリスクは日本を含む4カ国が同率1位です。*6

このように日本は自然災害が頻繁に起きる厳しい環境のため、不安遺伝子が少なく危機意識が低い人は生存が難しく、不安遺伝子が多い人の方が残存したと考えられます。

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そもそも不安とは何か?

普段何気なく感じている不安とは、そもそも何なのでしょうか? 不安をネガティブ捉えることも多いのですが、不安は人類にとってたいへん重要です。不安をポジティブに捉えれば、不安とは危険を予期したことにより引き起こされる感情です。

たとえば森の中でクマに遭遇することは命に関わり、実際にクマに遭ってから対応しても手遅れであることが多く、その場合の生存率は大きく下がります。そのため、やぶの草が少し揺れた段階で、クマではないかと予測して逃げることが重要です。それが実はクマではなく風やキツネによるものだったとしても多少のエネルギーの浪費に過ぎず、命を落とすことに比べれば問題にはなりません。

結果として余分に不安を感じた方が、不安を感じづらい場合よりも生き延びやすいのです。同様に、自然災害においても周囲の微妙な変化を感じ取り、早めに逃げれば生存可能性が大きく高まります。日本という災害が多発する環境で、何世代にもわたって災害を経験する中で、不安遺伝子をもつ人の割合が増えていったと考えられます。

人は現代社会には適応していない

ところで現在の私たちが生活するなかでクマに襲われる危険性は低いわけですが、たとえば翌日の会議でのプレゼンテーションに不安を感じ、眠れないままに朝を迎えたことはないでしょうか。

このような不安は、たとえばプレゼンテーションが失敗して職場メンバーから軽蔑され、職場を追われることが潜在的に予想されるために起こります。

そのためプレゼンテーションに不安を感じると、食欲が減退したり、胃が痛くなったり、汗をかいたり、眠れなくなったりするのです。

これは人が自然の中で暮らしていたときに危険を予測して反応していた名残です。当時の人にとって、集団から阻害されることは死を意味しました。死の危険がある状況では食事は二の次です。周囲を警戒してまずは生き残ることが先決です。闘うにせよ逃げるにせよ、筋肉に血液を集中させることが機敏な動きを可能にします。筋肉に血液が集中すると体温が上昇しますが、それを防ぐためには汗をかくことが有効です。もちろん寝ている場合ではないので、眠れずに時に朝を迎えます。 

このようにリスク回避のための不安は、自然の中で暮らすには有効でしたが、現代の様々なストレスに対しても同様に発現してしまうのです。

人は現代社会には適応していない 画像

ただしクマとの対峙の場合には長くても数分で不安な状態が解消されますが、現代における不安は、年単位で続く場合もあります。残念ながら私たちは生物としてそのような状況に対応できておらず、場合によっては不安を感じる脳の部分が慢性的に警報を発し続け疲弊してしまいます。このような状況は生きづらさにつながり、さらにその頻度が高いと鬱などになり、強制的に休憩をとることになります。 

アフリカで500万年前に生まれた人類の祖先は、5万年前にアフリカを出て世界中に拡がりました。農耕がはじまったとされるのは8千年前です。それまでは自然の中で狩猟と採取により生きてきました。現在のような職場環境ができたのはせいぜい400年程度でしょう。ましてコンピューターやインターネットの出現により、世界中の人と情報共有できるようになったのは、この数十年のことなのです。

このように現代の職場などで発生する不安は、人類が最近になって直面した新しい環境で生じており、現在の社会環境に人類が短期間で適応することは生物学的に困難です。

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生きづらさを解決する方法

生きづらさ解消

日本人は厳しい自然環境のなかで淘汰され最適化された結果として、不安遺伝子をもつ割合が極めて高くなりました。しかしそれを弱点として放置して生きづらさを感じ続けるのではなく、長所にできるよう適切に対処することは可能です。

最近はさまざまな企業が行っている遺伝子検査で、不安遺伝子の有無を調べられるようになりました。遺伝子検査はPCR検査で体験済みの方も多いと思いますが、鼻の奥や口の中の粘膜を綿棒でとり、専用の容器に入れて検査会社に郵送するだけです。一度検査されることをおすすめします。同時に様々な遺伝子についても調べられます。

検査の結果、不安遺伝子を保有しているとわかっても悲観する必要はありません。不安を感じやすい特性には様々な利点があります。リスクへの感度が高く問題点を探すのが得意なので、この特性をうまく活用することが大切です。

実際に不安遺伝子の保有率の高さが、日本人の学力やIQの高さにつながり、勤勉な傾向を導いているとみられています。*7,*8

不安を感じても自分が精神的に弱いなどと考えたり、ましてそれを努力で解決しようとしないことが大切です。自身の不安やそれによってもたらされる生きづらさが、人類史500万年の期間で生き延びるために獲得したものであることを受け入れ、自身を責めるのはやめましょう。

一方、たとえば、頻繁に前日の夕食が思い出せなかったり、日常の様々な判断に時間がかかると感じたら要注意です。 このような反応は、脳が不安を感じる中で、記憶を司る海馬や論理的な思考を司る大脳新皮質よりも、生物として生き残るために古くからある大脳辺縁系に注力していることを意味します。

問題がありそうな場合の対策ですが、まずは不安を感じない環境に移動してください。職場であればトイレであったり、街のなじみの喫茶店であったり、自宅であればリビングのソファーなど、気持ちが落ち着く場所です。最近の研究によりストレスに強くなる薬も開発されつつありますが、日常的に使えるようになるのは少し先ですし、できれば薬に頼らずに解決する方がよいでしょう。*9

安全な環境に移動したら、いま何に不安に感じるのかリストアップし、できれば他人に見てもらいながら、それがどの程度の確率で起きるかを話し合うことをおすすめします。

このような解決策は、認知行動療法と呼ばれます。その目的は物事の受け取り方のバランスを改善し、ストレスに対応できる心の状態を作ることですが、筆者は医学の専門家ではなく生物学者であるため、詳細の説明は憚られます。ただ、生物学的にも現代社会で発生する過度な不安に気づき、生きづらさを改善するという観点からは合理的なアプローチだと考えています。*10

皆さんが感じている生きづらさを自然なものとして受け入れ、共感しあえる社会になることを願います。

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参考サイト・出典:

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