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ビジネスと人権をめぐる海外の動向|ソフトローからハードローへ

ビジネスと人権をめぐる海外の動向|ソフトローからハードローへの画像

この記事は、専門家による寄稿記事です。

  • 森本 美紀子

    株式会社karna

    こんにちは。株式会社karna代表の森本です。これまで前職時代を含めて企業や組織のSDGs・サステナビリティ推進やESG対応、情報開示等のコンサルティング、そして人権方針の策定や人権デューディリジェンスの実施にも携わってきました。これらの経験を元に企業と人権の関係についてご紹介します。

前回の記事企業が考慮すべき人権課題|差別・ハラスメントからAI・気候変動まででは、自社内やサプライチェーン上で起こりうるさまざまな人権課題のうち、企業が人権の取り組みを進める上で特に留意したい課題や留意点を解説し、AIや広告表現・環境・気候変動問題など最近注目が高まっている人権課題のテーマも紹介しました。

いま国内外で、企業が自社内だけでなくサプライチェーン全体で人権を尊重する「ビジネスと人権」の取り組みへの要請が高まっています。

日本でも、2022年9月に政府がサプライチェーン上の人権尊重に関するガイドラインを策定・公表したことなどにより、企業の間で具体的な取り組みへの関心が急速に広がってきたように見受けられます。

他方、欧米を中心として海外では、より早い段階から企業による人権尊重の重要性が認識されており、法制化も含めた環境整備が各国で進められています。今回の記事では、そうした海外の主要な動きを紹介します。

今回の記事はこんな人にオススメです
  • 国際的な人権尊重の動向を知りたい
  • 海外での人権関連法の導入が自社のビジネスに与える影響が気になる

国別行動計画(NAP)とは

「ビジネスと人権」の基盤となる「ビジネスと人権に関する指導原則」(指導原則)は、2011年に国連人権理事会で承認されましたが、その普及のため、専門家で構成される作業部会(国連ビジネスと人権ワーキンググループ)が設置されました。

作業部会は、現在も重要な役割を果たしており、その活動の一環として、指導原則の運用や実行にかかる行動計画を作成し、具体的で実行可能な政策と目標を明らかにし、また定期的に改定することを、各国に対して奨励しています。

2013年にイギリスが世界で初めて国別行動計画(National Action Plan; NAP)を策定した後、イタリア・オランダ・ノルウェー・アメリカ・ドイツ・フランスなど欧米各国がNAPを策定しました。NAP策定の動きは他の地域にも及び、アジアでは2019年にタイで、次いで2020年に日本、2021年にパキスタンでNAPが策定されています。

2022年12月現在、26か国がNAPを策定しており、さらに26か国がNAPを策定中または策定のコミットメントをしています。

各国のNAP策定状況

NAP策定済みの国

2013年イギリス(2016年に改定)、オランダ
2014年デンマーク、フィンランド
2015年リトアニア、スウェーデン、ノルウェー、コロンビア
2016年スイス(2020年に改定)、イタリア、アメリカ、ドイツ
2017年フランス、ポーランド(2021年改定)、スペイン、ベルギー、チリ、チェコ、アイルランド
2018年ルクセンブルク、スロベニア
2019年ケニア、タイ
2020年日本
2021年ウガンダ、パキスタン

NAP策定中の国

アルゼンチンオーストラリアアゼルバイジャンブラジル
エクアドルグァテマラギリシャホンジュラス
インドインドネシアヨルダンラトビア
リベリアマレーシアモーリシャスメキシコ
モンゴルモロッコモザンビークミャンマー
ニカラグアネパールポルトガルウクライナ
ベトナムザンビア

参照:United Nations Human Rights Office of the High Commissioner

ハードローとソフトロー|人権尊重の位置づけ

ところで、ハードローソフトローという概念があります。ハードローとは、法的な拘束力のある法律・条例などで、これに対してソフトローは、法的な拘束力は緩いものの、社会において国や企業が何らかの拘束感をもって従っている規範を指します。

現代人権法の基礎とされる世界人権宣言は、代表的なソフトローといえます。また、指導原則や、上で紹介したNAPなど国際的な規範や国が定める計画のほか、企業が自主的に定める人権方針や調達コード、行動規範などもソフトローに該当します。

このように、「ビジネスと人権」に関する基準や原則、規範などは、そのほとんどがソフトローであるといえます。

人権海外の動向 画像2

一方、指導原則には、国家は「企業の人権尊重を助長するため、国内的および国際的措置、強制的および自発的な措置といった措置を上手に組み合わせることを考えるべきである」(原則3の解説)とあるように、企業の取り組みを促進する上では、ソフトローとハードローを適切に組み合わせる「スマートミックス」が有効だとされています。

そして、スマートミックスの中心的な要素であるハードロー、つまり人権尊重の義務化への流れは、欧米諸国を中心に加速しています。

各国の人権関連法

人権海外の動向 画像3

ここでは、サプライチェーンも含めた企業の人権尊重の取り組みや人権デュー・ディリジェンス(以下「DD」と略します)の実施、情報開示などを義務付ける法律を導入している、またはこれから導入する予定の国や地域の主要な事例を紹介します。

アメリカ

ドッド=フランク法は、2008年に起きたリーマン・ショックの再発防止を目的として、2010年にオバマ政権下で導入された包括的な金融規制法ですが、その1502条に、紛争鉱物に関する規制が盛り込まれました。これは、アメリカの上場企業に対して、自社または委託先が製造する製品の機能または生産に紛争鉱物を必要とするかどうかをチェックし、開示することを求めるものです。

その背景には、長年にわたって内戦が続くコンゴ民主共和国(DRC)で採掘されるスズ、タンタル、タングステン、金などの天然資源が、武装勢力の資金源となっており、紛争による人権侵害に繋がっているという考え方があります。

また、カリフォルニア州では、2010年にサプライチェーン透明法が制定され、2012年より施行されています。これは、企業がサプライチェーン上で奴隷制や人身売買をなくすための取り組みを開示し、顧客や消費者が購入の意思決定をする際に考慮できるようにすることを目的としたものです。

これらは指導原則以前に制定された法律ですが、最近の動きとしては、新疆ウイグル自治区での人権侵害を問題視し、輸入規制などの具体的な措置が講じられています。2021年末にはウイグル強制労働防止法が成立し、2022年6月に施行されました。これにより、新疆ウイグル自治区が関与する製品はすべて強制労働によるものとみなされ、原則輸入禁止となります。

イギリス|現代奴隷法

英国現代奴隷法は、強制労働や人身売買、性的搾取、強制結婚などの現代奴隷と関連する事業活動を排除することを目的として2015年に制定されました。イギリス国内で活動する年間売上高が一定規模(3,600万ポンド)を超える企業に対して、サプライチェーン上に現代奴隷が存在しないことを保証する声明を作成し公表することを義務づけています。

声明には、奴隷・人身取引に関するポリシー、事業・サプライチェーンに関するDD手順、従業員が利用可能な奴隷・人身取引に関する研修などを盛り込むことが期待され、Webサイトの目立つ位置にリンクを貼って公表することなども求められます。

開示義務を怠った場合には強制執行命令や罰金の対象となる可能性もありますが、実際には企業の自主的な対応に任されており、2022年12月現在、対象となる約2.1万社のうち、3割に相当する約6,300社が声明を公表していないと報告されています。

オーストラリア|現代奴隷法

オーストラリアでも2019年に現代奴隷法が施行されました。国内で事業を行う年間収益が1億オーストラリアドルを超える企業に対して、自社およびサプライチェーン上の事業活動に関する現代奴隷のリスクを評価・分析し、報告することを義務づけています。

英国現代奴隷法と目的は同様ですが、英国現代奴隷法の実効性に対する批判も踏まえて、より厳しい規制が設けられ、詳細な報告書を作成し、年に1度、大臣に提出することが求められています。

報告対象の企業が報告書の提出を怠った場合には、是正措置の要求を受けたり、企業名を公表されたりする可能があります。ただ、その他に罰則は規定されておらず、企業の自主性と市場からの評価に委ねられているのが現状といえます。

2022年12月現在、報告対象事業体の数は7,000弱で、約3分の2に当たる約4,700の報告書が提出されています。

フランス|人権DD法

2017年にフランスで制定された人権DD法(企業注意義務法)は、国内のグループ従業員数5,000人以上または世界のグループ従業員数1万人以上の企業に対して、サプライチェーンも含めて、人権侵害や環境被害を防止するためのDD計画の策定・実施・開示を義務づけるものです。

複数のNGOの提言により議会で議論され、成立した画期的な法律で、最も広範なDD法とされます。ただ、実際には、計画書の提出が確認できない、または公表した計画の大半は簡潔な記述にとどまっている、といった課題もあり、対象企業リストの公表や、対象企業のWebサイト上での計画開示の義務化、適用範囲の拡大などの必要性が指摘されています。

計画が不十分だった場合の提訴が可能で、石油大手トタルに対するウガンダのパイプラインプロジェクトに関する提訴(2018年)、小売大手カジノグループに対する南米の森林破壊に関連した家畜製品の販売に関する提訴(2021年)も実際に起きています。

ノルウェー|透明性法

ノルウェーでは、企業の透明性および基本的人権とディーセント・ワーク条件への取り組みに関する法律(透明性法)が2021年に成立し、2022年7月より施行されています。

大企業と中堅企業に対して、OECD多国籍企業行動指針に則って、人権やディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)に関するDDをサプライチェーン全体にわたって実施し、特定した深刻なリスクについて評価を報告することなどを求めるものです。

オランダ|児童労働DD法

オランダでは、2019年に児童労働DD法が制定されました。オランダに拠点があり国内で製品・サービスを提供する企業などに対して、サプライチェーン全体にわたって児童労働が生じているかどうか調査し、調査の実施を宣言する声明文を当局に提出することや、調査の結果として児童労働が確認された、または児童労働の疑いがある場合には、防止・軽減するためのアクションプランの作成を義務づけるものです。

2022年11月現在まだ施行されておらず、対象企業や報告内容の詳細化について、政府による検討が行われています。

ドイツ|サプライチェーンDD法

ドイツでは、2021年にが成立し、2023年から施行予定です。国内で事業を行う一定規模(2023年は従業員数3,000人以上、2024年以降は1,000人以上)の企業に対して、自社および一次サプライヤーを対象とした人権DDを義務づける法律で、社内のリスク管理体制の確立、定期的なリスク分析の実施、人権尊重や環境汚染防止に関する方針の策定などが求められます。民事責任は問われないものの、罰金規定は設けられています。

EU|コーポレート・サステナビリティDD指令案

2022年2月、欧州委員会は、一定規模(全世界での売上高が1.5億ユーロを超え年間平均従業員数が500人超など)の企業に対して、人権・環境・グッドガバナンスを尊重し、バリューチェーン上のDDを実施することを義務づけるEUコーポレート・サステナビリティDD指令案を公表しました。

これは、DD基本方針の策定、人権・環境に対する顕在的・潜在的なリスク特定、特定したリスクの予防・軽減・防止、グリーバンス(苦情処理)メカニズムの設置、DDのモニタリング・開示などを求めるものです。

各EU加盟国に適用される規則ではなく、各国に対して一定の裁量を認めつつ、国内での立法手続きを求める「指令」の形をとっています。現在、欧州議会で議論されており、施行されれば、各加盟国で導入・法制化される動きが2026年ごろから出てくるのではないかと見られています。

日本企業はどのように対応すべきか

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ここまで、欧米など主要国での人権関連法導入の例を紹介しました。日本ではまだ「ビジネスと人権」に関するハードロー化の話は具体化していませんが、海外の動向は、日本企業にとって決して他人事ではありません。

法制化がすでに行われている、あるいは法制化の予定がある国・地域で、事業を展開していたり、当該国・地域の企業と直接・間接に取引を行っていたりする場合は、影響を受ける可能性があることに留意が必要です。

売上高や従業員数などの規模からすると、直接規制の対象になる企業は限定的となりますが、サプライチェーン全体で考えると、多少なりとも影響を受ける企業の範囲はぐっと広くなります。自社が望むかどうかにかかわらず、取引先が人権DDを行う際に、調査の対象に入ってくることも十分に考えられます。

いまや、企業活動が完全に国内だけで完結することは皆無に近いといえます。そのようなビジネス環境で、国内の法令だけ遵守していれば良いという考えは、過去のものとなりつつあります。企業には、その規模や業態、拠点などにかかわらず、また国内で適法かどうかという判断だけに拠らず、国際的に認められた人権基準に沿って行動することが期待されます。

まずは、サプライチェーンまで含めた自社のビジネスに関して、海外での法制化がどのように影響しうるかを把握することが重要です。対象の国や地域ですでに人権関連法が導入されている状況や、これから法制化に向けて調整が進められる段階においても、外部環境に応じて要件が増える可能性もあるため、できるかぎり最新情報の把握に努めると良いでしょう

たとえば、経済産業省日本貿易振興機構(JETRO)などのビジネスと人権に関するポータルサイトには、外国政府による公式情報や海外進出企業向けの情報が掲載されています。また、イギリスを本拠とする国際人権NGO「ビジネスと人権リソースセンター(Business & Human Rights Resource Centre)」は、世界各地にいる地域調査員が現地の最新情報を発信しており、日本語でも多くの情報が得られます。

最近ではサステナビリティ関連のニュースや情報提供サイトも増えてきましたが、ビジネスと人権も豊富にカバーされるようになってきたので、定期的にチェックすることをオススメします。

まとめ

ここまで、国別行動計画(NAP)の解説や世界の策定状況・ビジネスと人権をめぐる海外の主要な動き・日本企業に求められる対応などを紹介してきました。

繰り返しになりますが、日本はまだ「ビジネスと人権」に関してハードロー化には至ってません。しかし、企業活動が完全に国内だけで完結することは皆無に近いため他人事と思わず、海外での法制化の動きがどのように自社にも影響しうるかを、できるだけ把握することが重要です。

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